哲学者ポパー: ソロスとタレブ 2/2

「黒い白鳥」と「白いカラス
 タレブは「ブラック・スワン」=「黒い白鳥」というタイトルの本でさらに有名になりました。実は、ポパーは著作「推測と反駁」の中で、「白いカラス」の話を出して推測と反駁の説明をしています。「カラスは黒い」という推測は非常に大胆な推測であり、一羽でも「白いカラス」が見つかればこの推測は棄却されます。「カラスは黒い」は統計学では高い確率で成立しているといえる現象ですが、法則として推測されたのであれば「全世界のカラスが黒く、黒くないカラスは一羽もいない」という意味ですから、その成立しそうな「確からしさ」は非常に低く、大胆な推測となります。大胆な推測ほど、反駁される可能性が高い反面、反駁されないうちは価値の高い推測とみなされます。つまり、「多くのカラスが黒い」と「全てのカラスが黒い」では、全く意味が異なるのです。そして、前者は統計的に高い確率で起こる事象、後者は低い確からしさの大胆な推測、となり、確率の高低が逆転します。
 
タレブの主張
 金融工学統計学的なアプローチで確率が高い事象は何かを議論します。それゆえ、「こういうことは過去の環境下においては確率が高い」というのは正しいのですが、タレブは、金融工学の学者達の中にはそれをもって「だから今後もこうなる」と考えている人たちがいて、大きな過ちであると主張しました。つまり金融工学では「これまでの環境では黒いカラスが多かった」とまでしかいえないのに、「今後もずっとカラスは全て黒い」と主張したり、そう思い込んでいる人たちがいて、大きな過ちを引き起こすと警告していたのです。統計学的に有意差があることと、絶対法則として成り立つこととは全く違うことなのに、それを混同していると問題を指摘したのです。
 
ノーベル賞批判
 彼はノーベル経済学賞をなくすべきだという主張をしています。文学と平和の各賞は別にしても、物理、化学、医学などと比べ、経済学が科学といえるほどのきちんとした学問ではないということが主張の根底にあるようです。そのような学問にノーベル賞などという権威を与えてしまうと、「可能性が高かった」だけの事象が「絶対法則」と勘違いされてしまうことを危惧しているのでしょう。
 
ソロスやタレブが考える金融工学が科学ではない理由
 ポパーの考える科学的な進歩の中では、少しでも反駁されてしまったものは推測が正しくなかったと認め、推測を修正または破棄しなりません。物理学などの世界ではこれは常識中の常識であり、一回でも物理法則に反する実験結果が出てきたら、法則かその実験を疑い、どちらを破棄するか議論が始まります。ただ、金融工学では間違いなく多くの現象が金融工学の前提を覆しているにも関わらず、その前提を破棄したり修正したりせず、その前提を維持するための理屈を盛ってこようとする学者が存在します。実は、私が知る限り、定量的な分析が出来る学問分野の中で、唯一、金融の学会だけがこのような状態にあり、ポパーから言わせれば、科学的な議論がなされていない状態にあります。これほど実務家と学者の距離が遠い分野も珍しいでしょう。ソロスは、このような学者達が市場効率仮説の既得権益にすがるために、非科学的な議論を展開しているとして、金融工学似非科学とみなしているようです。タレブはさらに、古典的統計学を悪用して、学者達が詭弁を行っているとして、金融工学似非科学とみなしているようです。
 
2人を拒否する学術界
 これだけの論述を展開しながら2人を受け入れない学術界ですが、他分野ではまったくありえない話です。少なくとも私が知る限り、定量的な分析が出来る学問分野の中では、こんなことが起こるのは金融工学だけでしょう。それだけ、純粋な学問的な要素以外で、既得権益が存在しそれを守ろうとしている人たちが一部に存在するということでしょう。時々、「2人の主張は学術界で取り上げられてないから、彼らの主張は間違っている」ということを言う人がいますが、まさにこれこそが、学術界が似非科学を展開している証拠なのです。多くの学者たちが2人の考え方を取り入れて学問を発展させたいと願っている一方、一部のそれを阻止しようとしている人たちが存在し力を持っていることは、人類の進化にとって障害になっていると言わざるを得ません・・・。