カール・ロジャーズ 2/2

(続き: 必ずこちらを先にお読み下さい。 http://blogs.yahoo.co.jp/mizuta_ta/19563563.html )
 
■ 「自己一致」:本当の孤独とは何か
 彼が提唱した重要な概念は、先週までに紹介した「実現傾向」の他に、「自己一致」、「無条件の肯定的関心」、「共感的理解」があります。今週は「自己一致」について書こうと思います。
 
■ 孤独には二種類ある
 孤独には二種類あります。ひとつは一般に良く考えられている孤独で、コミュニケーションをとる相手が少ないという孤独です。もうひとつは、自分が本当は感じていることと、こう感じなければならないという感じ方が違う、つまり、自分の本当の感情と表に表現して出てくる感情が一致していない内部分裂による孤独です。この本を読むと、後者の孤独のほうが圧倒的に孤独であり深刻であることが分かります。この後者の孤独な状態を「自己一致」していない状態だと言います。この孤独に気付かせ解放させるのも心理カウンセラーの役目ですが、もちろん、心理カウンセラー自身が自己一致していなければそれはできません。カウンセラーの養成では、まずは自分が自己一致させる訓練も行うようです。
 
■ 自己一致していない人物の例
 エレン・ウエス(Ellen West)という実在人物の症例を出して説明していました。簡単に言うと彼女は子供のころから、「こういう子になりなさい」、「こういうときはこう感情をだしなさい」と教育されすぎたため、素直な自分の感情が表現できず自分の感情がわからなくなり、自己分離してしまい、最後には自殺してしまいました。注意すべき点は、彼女は誰からも優等生だと思われ、社会活動を積極的に行い、話をする人も多かったにもかかわらず、孤独だったということです。彼女の研究は哲学者や過食症の研究など、ひろくいろいろな分野で行われました。詳細は省きますが、ロジャーズはこの症例をこんな風にまとめています。
-------ここから引用--------
(p.149)
乳幼児期、私たちは経験の中で生き、それを信頼しています。赤ん坊の空腹時に食物を得ようと努力すべきか否かを疑ったり迷ったりはしません。意識とかかわりなく自己を信頼して生きています。けれどもある年齢になると、親か誰かが「そんな風に思うのは、いやだよ」と効果的に告げます。そこで、感じていないことを感じるべきだと思い始めます。そして、こう感じるべきだという形で自己を築きます。自己が実際体験しつつある姿を直視するのは時たましかありません。(中略)彼女は自分であることをあきらめたのでした。(中略)彼女は自分がどう感じ、いかなる考えを持っているかがわからなくなっていました。これは最も孤独な状態です。自律的生命体からの完全な分離と言えます。
-------引用ここまで--------
 
■ 「無条件の肯定的関心」と「共感的理解」
 彼が提唱した重要な概念は、これまで紹介した、「実現傾向」、「自己一致」、の他に「無条件の肯定的関心」、「共感的理解」があります。今週と次週で「無条件の肯定的関心」、「共感的理解」について書こうと思います。
 
■ 話しやすい聞き方
 誤解を恐れずに言えば「無条件の肯定的関心」、「共感的理解」は話しやすい聞き方とはどういうものかを言おうとしているものです。実現傾向を最大限に引き出し、つまりその人の能力を最大限に発揮させるための、話の聞き方、もっと言えば、コーチングの仕方に、この2つがとても重要であるともいえると思います。
 
■ 無条件の肯定的関心
 「無条件の肯定的関心」は、話している人のありのままを受け入れて聞くということです。話している人に「こうして欲しい」とか思わず、まずはありのままのその人を受け入れるところから会話を始めるべきであるということでしょう。ロジャーズはこんな表現をしています。
-------ここから引用--------
 (p.19)
 私は、肯定的感情を提供したり受け止めたりすることに恐れを感じなくなってから、他者をより尊重するようになりました。また、他者を尊重することは難しいことであると考えるようになりました。自分の子供に対してすらそうなのです。子供たちをこころから尊重して愛するよりも、彼らを思いのままに動かして愛していることがあまりに多いのです。私が最も充実を感じるのは、私が日没の美しさをこころからいとおしむように、目の前にいる人をこころからいとおしんでいる時です。その人をありのままに受け止めるなら、日没の景色と同じように素晴らしいものです。私たちが日没を心からいとおしむのは、太陽を思い通りに動かせる等と思ってもみないからでしょう。夕焼けを見ながら、「右側のオレンジ色をもう少しぼかして、下のほうの紫をもう少し広げて、雲はバラ色にしたいな」等とつぶやくことはありません。日没を自分の意思で動かそうとは思いません。日が沈む様を、畏敬をこめて見守ります。これと同じように、同僚、息子、娘、孫たちを見守るのが私は最高に好きなのです。こういうあり方は東洋的態度なのだと思います。私にとっては、それが最も満足できることなのです。
-------引用ここまで--------
 
■ 「共感的理解」
 彼が提唱した重要な概念は、これまで紹介した、「実現傾向」、「自己一致」、の他に「無条件の肯定的関心」、「共感的理解」があります。今週と次週で「無条件の肯定的関心」、「共感的理解」について書こうと思います。
 
■ 話している言葉と伝えたいことは異なる
 例えば「なんだか面倒になってきたしそろそろ引退しようかな」といった場合でも、思っていることは全く逆で、単に止めて欲しいと思っている場合もあります。話している言葉通りのことを思っていることもあれば、言葉通りとは逆のことを思っていることもあります。仕事を依頼しに来ているのに言葉には出さないけど実は家庭の悩みを聞いて欲しい・・・そんなこともあるでしょう。そういう言葉には出てこない本当は伝えたいことが、あるかもしれないという態度で話を聞くことが重要だということです。ロジャーズはこのことについてこんなエピソードを紹介していました。
-------ここから引用--------
 (p.8)
 友人があることに関して長距離電話をかけてきました。話し終わって受話器を置いたのですが、その時の彼の調子が私を揺り動かしたのです。話し合った事柄の背後に、内容とは全く関係のない失望、落胆を感じ取っていたのです。それがあまりに強烈だったので彼に手紙を書きました。「私が言おうとしていることは誤りかもしれないが、もしそうだったらこの手紙はゴミ箱にほうりこんでくれたまえ。実は、受話器を置いた途端、君が失望と苦痛を味わっているように聞こえてきたのだ。本当に絶望していると。」そして、私が彼に対して感じていること、彼の状況に関して役立つと思われる私自身の気持ちを書きました。少々馬鹿げているかもしれないとの不安を抱いて投稿しました。すぐに返信を受け取りました。彼は、誰かが彼を聴き取ったことを喜んでいました。私が彼の声の調子から聞き取ったことは正しかったのです。私は真の彼を聞き取り、真のコミュニケーションを持てたことが嬉しく思われました。この例のように、言葉がある事柄を伝え、声の調子が全く別のことを伝えていることは多いものです。
(中略)
 私は次のような空想をします。地下牢に閉じ込められたまま、「聞こえる人はいませんか?」「誰かそこにいませんか?」とモールス信号を打ち続けていて、ある日ついに「はい」というかすかな応答を聞いたという空想です。その応答が彼を孤独から救いだすのです。彼は再び人間となるのです。今日、数えきれない人々が孤独な牢の中で生きています。皆さんがその牢から流れてくるかすかな信号を鋭く聞きとめてやらなければ、外の世界の存在を知らない人々がいるのです。
-------引用ここまで--------
 
■ この本の問題点
 この本は実はとても賛否が分かれている本です。私が考えるこの本のダメなところ、もっといえば、ロジャーズの考えのうち、今日否定されている(というより殆ど取り上げられなくなった)ことについて、最後に述べておきたいと思います。
 
■ 適応範囲を広くとらえ過ぎ
 彼は人間の「実現傾向」、つまり自力で解決できるという考えの適応範囲を広くとらえ過ぎています。私は初めの週で、正直、1章、6章、7章、8章、10章だけ読めば十分で、むしろ他の章は賛同できない内容も多い、と述べたのはそのためです。例えば、脳に障害があったり知的障害であったりしても自力解決ができると彼は考えていますが、現在では、それは無理だと言われています。また、彼は小学校でも勉強する科目を児童が自由に選ぶべきだと述べていますが、これも無理ですし、基礎学力そのものの否定につながってしまいます。彼は講義形式すら否定的でした。例えば彼を講演会に呼んでも何もしゃべらず、聴衆が良い方向に持って行ってくれるはずだと、何もしなかったりします。教育において、もっといえば企業においても、講義形式とファシリテーターを置いたディスカッション形式は使い分けが必要であると現在では、当たり前とされていますが、ロジャーズは講義形式そのものを否定していました。
現在でも未解決な問題としては、どこからが自力解決不可能な「病人」で、どこからが自力解決可能な「健康な人」なのかということです。つまりどこからが精神病なのかという議論です。うつ病は薬が開発されるなど病気だと言われ始めていますが、まだ「実現傾向」を失っていない段階であるという主張もあり、産業カウンセラー協会と精神系医学の諸団体が対立するほど、どこに線引きをするかは困難な問題です。逆に言えば、その状態になる以前の人は「実現傾向」が信頼でき、指示的な助言より、非指示的な、話をよく聞き能力を引き出すやり方がうまくいくことを示しています。
 
■ ティーチングとコーチングも使い分け
 コーチングが万能だという人がたまにいますが、そんなことはありません。名刺交換のやり方を「名刺交換の目的」を教えてどうするのがベストか考えさせるのかは、不毛としか言いようがありません。ただ、やり方を考えさせるコーチングの手法は、極めて広範囲に使える、というより、使うベキ手法であることは、今日、明らかになったところではあります。特に、緊急を要しない(数週間時間をかけられる)重要な問題の解決をさせるには、コーチング的手法でしか教育できないでしょう。